キングダム 第497話 『激動の起こり』

キングダム 第497話 『激動の起こり』のネタバレ

始皇11年。咸陽に集められた蒙恬と王賁に信と河了貂。参謀が雁首そろえて明かした軍略に驚きを隠せない。今までの戦略とは異なりその危険性を即座に理解したからである。一名を除いて。
その一名は信。お約束のリアクションをさらりと流し、趙の首都、邯鄲のそばと知れば、信も驚かずにはいられない。参謀となった蒙毅に詰め寄る河了貂。しかしそれを遮る蒙毅。蒙恬と王賁がその戦略についての施策に入ったからである。
いつになく真剣な表情で盤上を見る蒙恬、一言、正気の沙汰ではないが面白いと言う。
蒙恬は黒羊に駐留しているだけに趙西部の李牧の動きに敏感である。
黒羊が一大拠点となる以上に李牧の動きが早かったのである。
結果として趙西部の攻略は日を追うごとに難しくなってきているのである。
その打開策としてのギョウ攻めは李牧を欺く一手となることを、蒙恬は予感した。その可否はともかく。

逆に王賁はその危険性を強調。自殺行為と強く言う。
蒙毅はその批判に食って掛かるが、王賁は兵站と大軍に囲まれる最悪の想定をした上での戦略があるのかと逆に問う。
その戦略に自信がないために自分たちが召喚されたとの推測もつける。
その問いに答えたのは昌平君。作戦に自信がないのではなく、戦略上信、王賁、蒙恬の三隊の働きが重要になってくるからという。
昌平君は李牧がまだまだ奥の手を持っていることを想定しつつ、盤上では想定できない事態をも示唆する。
つまり瞬間瞬間での的確な現場の判断、それこそ信、王賁、蒙恬の三人に与えられた権限、「独立遊軍」の真の意味である。そこで養った現場の判断力、そしてそれに答え続けた三人の実力を買った上で、全体の戦略図を見せたのである。

参謀たちの期待、否、ギョウ攻め勝利の絶対条件たる三隊の働きこそ、今回の召還の真の意味である。

具体的な戦略に入る前に政の一言。労いの言葉をかけ、対等の視線に立たせた上で、三人への期待を告げる。
そしてこの戦で大功を上げ将軍への昇格を指示。これにより王賁、蒙恬の忠誠度はうなぎのぼり。
信は友人として政の期待に応えるべく二人と肩を組むのであった。
もちろん王賁には嫌がられたが。

河了貂はそれ以上に重要な総大将が誰になるのかを師匠に問うのであった。
>桓騎に失敗させるあたりまでは織り込み済みに刺せるんでしょうかね。


それではまた